太田泰友の Book Arts Journey

太田泰友の Book Arts Journey (1) プロローグ

人はいつか死ぬ。死ななくとも、忘却する。

これまで、僕がブックアートの制作活動をしてきた中で、本当に運が良かったなと思える経験をたくさんさせてもらってきた。少し前までは、そういうことを事細かく、しかも時系列でペラペラと喋ることができたのだが、いろいろな経験が積み重なっていって、さらには時間が経過していって、最近では人に言われて、「ああ、そうだそうだ、それもありましたね」というのが出てくるようになった。そして、こういうことは不本意ながらこれから増えてきてしまうのだと思う。

これは大変もったいないことだ。もったいないどころか、大きな損失だ。
自分で言うのはあまり好まれないのかもしれないが、僕が経験させてもらってきたことは、ブックアートの世界において非常に貴重なものだと自覚している。そして、これからも新しく経験していくことが待っているはずだ。これらを僕の記憶の中だけにとどめておくことは、バックアップを取らずにたった一つの脆いハードディスクに保存しておくことは、貴重な経験を僕以外の人間に、後継のブックアーティストに、そしてブックアートの研究者に繋ぐことができなくなってしまうリスクであるように感じて、この記事を書き始めるに至った。

幸いなことに、これまでにもいくつかのメディアで連載をさせていただいて、先の思惑を込めた記事を残すことも部分的にできていたりするが、掲載先の媒体の都合というものがもちろんあって、無限に残すということは難しい。現に、僕としてはまだその先を書きたかったと思う連載が、予期せぬタイミングで終わりを迎えてしまったこともある。そして、その連載の読者と何かの展示などでお会いした時に、「あの続きはどうなっているのか」と楽しみにしていたことを伝えていただくことが時々あるのも、また事実だ。連載記事を何十回も繰り返し読んだと声をかけていただくこともあった。僕が残そうとしたことを拾って、読み取ろうとしてくださった方が少なからずいたことは、僕にとって何よりのモチベーションになった。

念のため記しておきたいのは、これまでに連載させていただいてきた媒体には、感謝の気持ちでいっぱいで、当てつけるような気持ちは全くこれっぽっちもないということ。特に、僕の記事に真正面から向き合ってくださる/ってきた編集者の方々には頭が下がる。執筆が本業ではない僕は、おそらく執筆の技術が稚拙で、ペースも展示などが絡んでくると乱れがちだ。そんな僕をいつも引っ張って、でもなるべく自由に書かせていただいてきた。編集者の皆さまがいなかったら、これまでの連載を僕は書けなかったと思う。

と、ここまで書いたような背景と思いがあって、この「Book Arts Journey」では、これまでに連載させていただいてきた、または現在連載させていただいている記事とは違うところに意義を見出したい。一つは、ある程度無限の連載として考えたい。これまでに経験してきたことと、現在進行形の話、それから未来に向かっていく思考を、僕のブックアートの活動が続く限り、それに並走してくるようなイメージで継続していきたい。

もう一つは、僕による媒体ではないところでは書けなかったり、記事にするまでもないようなことを残しておける場にしたい。これまでと現在の連載を、補完するような存在なのかもしれない。

それからもう一つ付け加えておきたいのは、この「Book Arts Journey」をベースに、またはきっかけにして、新たな連載や書籍化のご提案があれば積極的な姿勢を取らせていただきたいということ。ブックアートのことや、僕の活動のことを、より多くの人により深く知ってもらうには、力を貸していただかないと実現できないことがたくさんあるのは明らかだ。「Book Arts Journey」は、そのための下準備という位置付けでもあるのだと思う。

最後に、この「Book Arts Journey」を始めたことで、現在続いている連載が遅れたり、クオリティーが下がったと思われないように、自分を戒めたいと思う。関係者各位、それから読者の皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。

それでは、前途洋洋で多難な、太田泰友の Book Arts Journey の始まりです。

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