年に数回開催しているOTAブックアートの製本企画ワークショップ、今回は帙(ちつ)作りに挑戦しました。
帙は、古くから日本や中国などで本を保護するためのものとして作られてきました。英語で folding case や wrapper といわれるように、「箱」というよりも「包み」という方がしっくりくる形状で、風呂敷や折型などに通じる包む文化を感じさせます。
帙には、無双帙、四方帙、箱帙などの種類があります。今回作ったのは無双帙と呼ばれる形で、天地の部分が空いています。それだけに、サイズが大きすぎると本が抜けてしまいますし、逆に小さ過ぎても本を傷めてしまうため、ボードのサイズや隣り合うボードの間の空きなどに注意が必要です。蓋を留める小さな爪を、乳(ち)と呼ばれる小さな輪に入れた時に、緩すぎずキツすぎず、帙を縦にしても本が落ちてこない、それが理想の帙です。
ワークショップでは、クロスで作った紐を平目打ちで開けた細い穴に入れるのに四苦八苦する場面もありましたが、それぞれ持参したものに合わせた大小さまざまなサイズの帙ができあがりました。
一般的にはあまり馴染みがない帙ですが、私がかつて古書店勤めだった頃は日常的に触れていました。例えば一つの帙に二冊セットで入っている場合、古書店のカタログには「一帙二冊揃」などと記載されています。
馴染みがあったとはいえ、帙がどういう成り立ちなのかはよく知らず、今回少し調べてみました。初めは竹ひごを簀子状に繋げて、巻物の経典をまとめて包むようなものだったそうです。宝物の一つとして正倉院に収蔵されている「最勝王経帙」には、竹ひごに絹糸で鳳凰の模様が編み出され、錦の縁取りなど華麗な装飾がなされています。
「無双帙」が別名「丸帙」や「巻帙」とも呼ばれるのは、このような来歴があるからでしょうか。本の形態が巻物から冊子状に変化するにつれて、帙も硬い板紙を芯として折り畳むように本を包むという形に変化していったとのことです。
「帙を繙く(ひもとく)」という言葉もあり、「書物を開く」「読書をする」という意味になります。ただ本を読むというよりも、なんだか風情のある響きを感じますが、帙の存在が知られなくなった現代では、忘れられて行く言葉なのかもしれないと、少し感傷的な気持ちにもなりました。
最後に、私が長年感じていた疑問を。「無双帙」という呼び名は、どこから来たのでしょう?
「並ぶものがないほど優れている」というのが「無双」の元々の意味ですが、それは帙のイメージとつながりません。着物の仕立て方や窓などの建具で「表と裏、内側と外側の作りが同じになっている」という意味もあるそうなので、開いて内側も見える帙の作りから「無双」が使われたのでしょうか。そういえば、手で相手の腿を払って体を返してしまう「内無双」「外無双」という相撲の決まり手がありますが、「無双帙」の蓋をクルッと返して開く動きに通じるものがあるかもしれません。
最近ではゲームやネットスラングから派生して、「最強」「無敵」という意味で「無双」が使われているのを見かけます。和装本の雰囲気と相まって華奢で物静かな雰囲気をたたえる帙が、上蓋や中蓋を振り回してバッサバッサと敵を薙ぎ倒しながら覇王の道を行く、そんなミスマッチを思い浮かべてちょっと面白くなってしまうのでした。
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